会社沿革

昭和20年 創業者里西龍太郎が戦時中、大政翼賛会、滋賀県壮年部長の任にあったため戦後GHQにより戦争責任を問われ公職追放を受ける。浪人中前職の朝日新聞記者の経験によりミニコミ紙近江タイムスを創刊。愛知郡(稲枝地区含む)、神崎郡(五個荘町・能登川町)方面に配布。
昭和23年 追放解除となる。戦後の地域経済復興のため、能登川町、愛知川町に経済クラブを有志と共に設立する。請われて幹事役を引き受ける。以後経済クラブメンバーの地場産業の麻織物、縫製等の経営者の支援により近江タイムスを継続発行。
昭和33年 愛知郡愛知川町川原801番地に近江タイムス紙を自家製作のため活版印刷を開始。これが印刷業の起源となり経済クラブメンバーの支援を受け里西印刷所として創業。
昭和40年 オフセット印刷開始。
昭和45年 愛知郡愛知川町川原633ー1番地に工場移転。業務拡大により近江印刷社に社名変更。
昭和58年 里西龍太郎が近江愛知郡史(B5判700頁)を5年の歳月をかけて編集発行。
昭和60年 近江印刷株式会社に法人改組。彦根市南河瀬町892ー2番地にビジネスフォーム工場を新設。組版の電子化を導入。
第2代目社長に里西良之就任。
平成6年 創業初代社長里西龍太郎地方自治功労により勲六等旭日瑞宝章を受章。(町議会議長、町文化協会会長等を歴任)
平成9年 愛知郡愛知川町大字川原771ー1番地に7,000㎡の土地に6,000㎡の新社屋完成。第3回目の工場移転、(4番目の工場となる)彦根BF工場も統合、同一工場内で操業。近江タイムス発刊50周年、近江印刷株式会社創業40周年の式典と新社屋竣工を祝う。
平成10年 デジタル化をすすめB2判フルカラーフィルム出力システムとB2判4色(カラー)印刷機を導入。
平成14年 製版過程でバイオレット方式のCTP導入、フィルム処理薬品などのゼロをめざし環境に配慮した方式を導入。
BF印刷で裏カーボン印刷プラス3色機を導入。コンピューター伝票、単票、手書き伝票対応のため、ビジネスフォーム部門の設備増強。シール印刷も開始。
平成15年 4/6半裁判4色印刷機、4/6半裁サーマル方式CTP導入。
平成18年 4/6全判サーマル方式コダック製CTP(ロテム800)導入。
4/6全判断裁機シートスライドジョガーオートスタッカーシステム導入。
平成19年 MEGA Jprint 4P 400+RF 菊全判両面4色機+ロールフィーダ導入。
平成20年 隣接地に工場用地4,500㎡取得。(工場敷地計11,500㎡)オンデマンド印刷機(DC5151P)導入。
平成21年 700m2のロール紙倉庫新築完成。菊半裁判PP貼機、自動検知式紙リフト導入。
平成23年 PUR無線綴機導入。MEGA Jprint 菊全判両面4色機+ロールフィーダ追加導入。
4/6全判サーマル式コダック製CTP(マグナス800)導入。
代表取締役会長に里西良之就任。第3代目社長に里西一郎就任。
平成25年 太陽光メガソーラー発電開始(250kw)。
リスロンA37菊全判4色印刷機導入。
4/6半裁サーマル式コダック製CTP(マグナス400)導入。
平成26年 オンデマンド印刷機 Impremia C71(小森・コニカミノルタ)導入。
高速無線綴機CABS4000S(ホリゾン)導入。